震災地訪問記録6

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こんにちは。
データ復旧被災地支援チームです。

東松島市ボランティアセンターを訪問しました。

当初コミュニティーパーク内の立派な建物(写真左)に伺いましたがここは目指している場所ではなく、「ボランティアセンターは隣接したテントだよ」、とそちらを案内しくださいました。
そこは、数個のテントとプレハブ連ね、壁はビニールという本当に臨時の場所でした。(写真右) 

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遅い時間にも関わらず、ボランティアセンターにつくと長期ボランティアをされているという本間様が歓迎をしてくださいました。
そして、センターの近くにある東松島市役所の職員の方が復旧して欲しい媒体をお持ちで何度か電話があったとのことで、すぐに連絡を取ってくださりお越しいただくことになりました。それから5分ほどして媒体を持っていらっしゃいました。

陸前高田市のように職員自体も被災しており、「職員の自宅のパソコンも被害を受けているのでこの復旧をお願いしたい人が多くいると思います」と、お話をされていました。私たちの企業理念 『いい技術は世の中を幸せにする』 を思い起こした瞬間でした。人の命をつなぐことはできずとも、人の思い出をつなぐことはできるかもしれません。

そして、このボランティアセンターでもパソコンがないということで、ノートパソコンと各種のソフトウェアを寄贈させていただきました。とても古いパソコンしかないとのことで大変喜んでいただきました。

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こちらを離れるころ、すっかり日は落ちていました。ボランティアセンター敷地内にあるボランティアの方々のたくさんの自前のテントがセンターを囲んでいます。

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場合によっては同じように、私たちも持参した自炊宿泊道具で、ここに留まることもできたかもしれませんが、私たちはここを後にすることにしました。明日は仙台市内を回ります。



震災地訪問記録5

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こんにちは。
データ復旧被災地支援チームです。

私たちは気仙沼のボランティアセンターを後にしました。

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次は石巻に向かいます。

ここでは、WEBで私たちの今回の無料データ復旧サービスの活動を知った方が既に私たちに問合せをしてきているとのことで、気合が入ります。急いで向かわなければなりません。

しかし、急ぐときほどトラブルが起こるものです。
予想していたルートで向かうことができません。ここから戻るのに時間を要してしまい、他にもトラブルが続きお受けすることができない時間になってしまいました。

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そのため泣く泣く今回のご依頼者には東京本社に連絡を取り、対応をお願いすることになりました。
申し訳ありません・・・・
今後、被災者の方々へのスムーズな対応方法を用意すること。私たちに課された課題です。
次の地へ向かいます。



震災地訪問記録4

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こんにちは。
データ復旧被災地支援チームです。

陸前高田から次の目的地 気仙沼に向かいます。
海岸沿いに国道45号東浜街道を南下します。しかし途中、ところどころに橋の崩落などがあり迂回を余儀なくされます。
約束の時間に間に合うか気が焦ります。

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リアス式海岸の特徴なのか細い入り江の水際と高低差がなす陸地が複雑に組み合わさり、眼前の光景は陸と海が激しく入れ替わります。そのため、被害を受けている地帯とそうでない地帯がほんの数メートルの差で生じているように見えます。この差が生死を分けたと思うと人間の無力さを感じます。

気仙沼が近づくと日常とあまり変わらない町の姿が現れます。しかし突如として一部だけ崩壊していたり、川沿い沿いでは陸に打ち上げられ放置された船などが見受けられました。日常の中に現実離れした世界があまりにも普通に存在していることがあまりにもありすぎます。

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さて、今回の訪問地は、気仙沼市社会福祉協議会 気仙沼市ボランティアセンターです。
ここにも被災者の方の避難場所になっており、数多くのボランティアの方と思われる姿と非難されていると思われる子供たちの様子が見られました。兵庫県など各地からの寄せ書きも壁中に貼られていました。

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ここで私たちはデータ復旧の仕事の他に、支援物資として10台のノートパソコンや各メーカーから預かったソフトウェアを無償提供させていただきました。
これらは事前にコンタクトをしてくださった気仙沼市内の各支援拠点に配布をされることになっています。陰ながら被災者支援業務の助けになることを願っています。

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震災地訪問記録3

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こんにちは。
データ復旧被災地支援チームです。

盛岡から海岸方面に向かっています。海岸から来る反対車線には、物々しい自衛隊の車両や連なる緊急車両の隊列、山のように多くの瓦礫を積み込んだトラックが次々と通り過ぎて行き、まだまだ緊急事態であることを感じさせます。

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出発から約2時間半、陸前高田市役所に到着しました。
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駐車場に車を停めるなり、こちらに声をかけてこられた方がいらっしゃいました。私たちが無償データ復旧サービスをのために市役所に来るのをWEBで知っておられ、私たちの到着を駐車場でお待ちいただいていたのでした。











住民RIMG2926.JPGの方からお預かりした大切な媒体です。しかし媒体の状況からクリーンな環境での解体作業が必要と判断し、今回はお預かりしていくことになりました。ここから東京の復元チームに大事に引き継いでいく使命を得ました。








RIMG2934.JPGそして私たちの存在に周囲から気づいていただけるように用意してきたのぼりを立て次の依頼者を待つことにしました。


しかし、本来お約束をしていた陸前高田市役所の総務課のご担当者が仮庁舎内に居らず尋ねたところ、車で数分のところにも別な仮庁舎があり総務課はそちらとのこと、場所を移動することにしました。しかし場所を間違えたことは不幸中の幸い、もし正しい庁舎に行っていたら先ほど駐車場で待たれていた方には会えなかったでしょ う。








もう一つの庁舎に到着するとそこはプレハブの庁舎です。壁際には濡れてふやけた書類の束がビニール袋に入って積み重なっています。
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お話を伺ったところ復旧したい媒体があるということでお預かりしました。媒体にも津波の爪痕が見られました。職員の方々も人命も失われるほどの被災をしており、それを補うかのように全国各地の市役所から職員の方が応援で派遣をされていました。そうせざるを得ないくらいの被害を前に、正直私たちは場違いな場にいるのではないかと自分に問いかける瞬間がありました。
しかし、ここでお預かりした媒体を見つめ、また多くのパソコンが流された中でも残ったパソコンで復旧したい方がいるというお話も聞き、自らのできることを信じその場所を離れました。

既にご存知のように陸前高田の被害はここで語ることができないほどのものです。私たちが見たものに安易に触れるべきではないと考えました。その代わりにこの地で見つけた『希望』をお伝えしたしたいと思います。

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震災地訪問記録2

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こんにちは。
データ復旧被災地支援チームです。

東北自動車道もかなり復旧されてはいましたが、所々凹凸があったり、分離帯がチョーク跡のように書かれている区間がありました。翌日新聞を見るとプロのトラックドライバーでも荷物が破損しないようにととても難しい区間で気を使うという記事がありました。

そしてなんとか深夜に無事に盛岡に到着。NEC_0285.JPG


かなり内陸にあるここ盛岡は、建物が傾くなど巨大な被害はなかったとは言え被災地です。しかし、ある飲食店では売上の一部を義援金に回しますと看板にあり、自ら被災しながらも助けようという姿に驚きました。自らを鼓舞するようなメッセージも店内に沢山張られていました。

限られた時間で被災地の状況とニーズを何とか汲み取っていくことが大切かと思いました。
こうした中、翌日からの訪問に向け備えます。







さて、今回の訪問予定場所は、盛岡、陸前高田、気仙沼、石巻、東松島、仙台などの社会福祉協議会やボランティアセンター、市役所やNPO団体です。各地域や団体によって目的が異なります。最初の訪問地として盛岡を選んだ理由は、被災地域の支援団体を統括する機関が多くあるためです。

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そして、盛岡で最初に向かったのが、岩手県社会福祉協議会です。

ここは岩手県の各地域のボランティアセンターの本部になっています。
職員の方々の多くは早朝から既に被災地に支援に行かれており、被害の大きい海岸方面までは車で3時間近くかかります。

お会いした地域福祉企画部 ボランティア・市民活動センターの担当の方からお聞きをすると、ここは被災地の避難所にもなっていて当初は100人くらいの方が避難をされていましたが今は30人くらいまで減ってきましたとおっしゃっていました。






当初は衣RIMG2727.JPG食住を中心に求められているものが、段々と支援内容も変わってきており、データ復旧についてもニーズが段々と出てきているということでした。岩手県内各地のボランティアセンターにも周知くださるということで、パンフレットなどの必要な資材をお渡ししました。

ここでお話いただいた貴重な情報をもとに、我々も被災の大きい地域に向かいます。

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